国内・城・旅

国内旅行の記録です。主にお城や史跡めぐりをしました。

太宰府天満宮の狛犬

2016年6月 福岡・九州の旅

福岡県に到着後、向かったのは太宰府天満宮

 

空港から地下鉄に乗換え、天神で西鉄に乗換えて、太宰府天満宮へ。

参道で名物・梅ヶ枝餅を食べて、参拝。

 

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 太宰府に「長州萩」の文字がある狛犬が・・・

太宰府天満宮といえば、学問の神様・菅原道真で有名。

しかし、個人的にワクワクしたしたポイントが下の狛犬

なんとなく古い狛犬が気になったので、記念に写真撮影。

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写真を撮った後、近くで観察すると、狛犬の台座に「長州萩」の文字が。

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なぜ長州萩(山口県)から遠く離れた太宰府天満宮(福岡県)に、

この狛犬があるのか、不思議でワクワクしました。

 

福岡県観光連盟HPによれば、

幕末、公武合体派による政変で都落ちした尊王攘夷派の公爵七人のうち五人(三条実美三条西季知四条隆謌東久世通禧壬生基修)が延寿王院に三年間滞在していた。この間、坂本龍馬西郷隆盛・土方久元など多くの維新の志士たちが太宰府を訪れ、さながら太宰府は幕末における反幕府運動の拠点となったのだ。
尊攘派の龍馬は、対立する薩摩と長州の同盟が不可欠と行動を起こしていたさなか訪れたのが太宰府。慶応元年五月、西郷隆盛小松帯刀らと会い十六日に鹿児島を出発、二十三日に太宰府へ到着し、二十四日に三条実美に拝謁、太宰府に来ていた薩摩・長州それぞれの藩士と忙しく会談し、犬猿の薩長両藩を連合させる布石を太宰府で築いた。龍馬、このとき三十一歳。翌慶応二年、薩長同盟が成立した。 

 と、幕末、都落ちした公家たちが太宰府に滞在し、太宰府は幕末の志士たちが集う場所だったそう。

 

 天満宮の資料館にも、そんな幕末のゆかりの品が展示されていました。

 きっとこの「長州萩」狛犬は、そんなことから、ここに建てられたのだろうと思うと、長州と太宰府は離れているが、こうやって歴史の繋がりを感じることができ、すごくワクワクしました。

 

九州国立博物館も隣にあり、楽しめます。

また太宰府天満宮の隣には、九州国立博物館があり、こちらもワクワクしました。

過去、九州を入口に、日本と海外との交流が盛んに行われていた歴史を感じることができました。

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